宇宙ピクニック

夜空ちらばる 星くず踏んで ふたり歩くよ
もう少し あの星の向こうへ行こうよ
はるか続く宇宙ピクニック

夜空飛び交う 電波拾って ふたり踊る
終わらない夜を遊ぼうよ
ここから始まる宇宙ピクニック

ちっぽけなアパート
見上げていた夜空
今はふたり あの窓から飛び出して
はるか歩いていく
この宇宙に刻む 消えない足跡

星が生まれて星が死ぬまで
長い長い時間をふたり歩く
始まって終わってもう一度
何度でも繰り返す宇宙ピクニック

見上げた空は見下ろす空になって
夢見た未来はふたりの今日になって
追いかける夢は今日っていう現実になって

続いて続いて つないでつないで
過去を未来を 夢を現実を きみをわたしを
どこまでも続く宇宙ピクニック

歩き疲れたら
ゆりかごみたい
三日月のベッドで眠ろうよ
欲しいものはすべて
ふたりの手の中にある
時間は未来はどこまでも続くよ

夜空またたくイルミネーション ふたりいろどる
あの星この星 結んで星座を描く
夢見た世界 宇宙ピクニック


In the image of “スターリーFM(石川巧馬)”
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おぼろ月夜(Live)

2013年10月5日(土)
2013年8月29日、吉祥寺曼荼羅のライブテイクより「おぼろ月夜」をアップします。「菜の花畑で入日薄れ・・・」で始まる皆様ご存知と思われる小学校唱歌です。
元の作品は1番、2番までなのですが、そこに更に詩を書き加え、不遜にも3番も書いてしまいました(笑)。歌詞からも分かる通り、おぼろ月とは春の月のこと。季節に合わせて3番は秋の詩を、満月の2日後の17日の月「立待月」をイメージして書いてみました。
石川巧馬さんの素敵なギターアレンジも必見いや必聴です!!

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ハイスクールロマンス / ハイスクールデイズ(Live)

2013年9月29日(日)

8月29日、吉祥寺曼荼羅でのライブからのテイクをアップします。この日はインストギタリストとして活躍の石川巧馬さんとご一緒のライブでした。石川巧馬さんの「ハイスクールロマンス」という曲から書き下ろした「ハイスクールデイズ」という詩をギターとともに朗読しました。

石川巧馬さんのギター、とにかく技術力も素晴らしいですが、私はメロディの中に詩情があふれているところがとても好きです。一般的には「曲のイメージから詩の内容を膨らませた」などと言うのかもしれませんが、この作品については最初に曲を聴いた時点であふれてきた言葉を繋いだらこんなふうに仕上がった、という感じです。
ライブ中は音の海の中を泳いでいるような心地よさがあり、私、えらく嬉しそうに朗読しております(笑)。

そんな石川巧馬さんとは10月29日(火)吉祥寺曼荼羅にてご一緒のライブを予定しています!石川巧馬さん、ご存知ない方はyoutubeに演奏がたくさんアップされているので、ぜひご覧になってみてください!ご存知の方は、彼の有名なあの曲、次回のライブでやりますよ!ライブの詳細、後日アップしますが、ぜひお越しくださいませ!


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ずっと昔に(Live)

2013年9月17日(火)
2013年7月1日吉祥寺曼荼羅のライブ映像より1作品アップします。来週24日はこの時と同じ川端達也くんとご一緒しての朗読ライブです!あわせてよろしくお願いします!
動画アップの作業に悪戦苦闘していますが・・・今後も映像アップの予定です。

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立ち尽くす八月

八月、盛夏である。一年の中でも、とりわけこの時期は死者に一番近い季節のような気がする。お盆という死者と交流する一年に一度の行事があるからだろうか。終戦記念日にあたり戦争や戦死者へと思いを馳せるからであろうか。それとも、大切な人を亡くした自分自身の記憶から生まれる個人的な思いなのだろうか。

しかし、強く眩しい太陽の光の反対側に出来る暗い影、たくましい生命力を見せる自然界に飲み込まれてしまうような命のはかなさを感じるという、この季節がもたらす特有の要因も多分に含まれると思うのである。

そう、盛夏。自分自身と関係があるなしに関わらず、亡くなった人のことに思いを巡らす季節である。個人的には死後の世界とか前世とか来世とか、死者が私たちを見守ってくれているとか、信じていないし実感したこともない。お盆の迎え火に死者が乗ってくるとか、命日の墓参りとか、そういう風習は子供の頃から経験しているのだが、仏壇にもお墓にもその人を感じたことが一度もない。見えなくてもそこにいれば感じるはず、たぶんここにはいないと「思って」いるのではなく「分かって」いる。

それでもこの時期、死者は私の胸に訪れる。何かを私に語りかけたり、感動的な記憶を蘇らせたりすることはない。ただ、そっと静かにそこにいる。束の間、その人のいた場所へ、そこにいた頃の自分、いなかった頃の自分へと旅をする。そして手の届かない距離に絶望する。

ただ、時々思うのだ。かつて出会った人、一緒に過ごした人、大切な存在であったのにもう縁の途切れた人たち、会うことはおろか、連絡すら取れない人たちがたくさんいる。恐らく今も生きていて、それでも会えない人たちと、もう今は亡くなってしまって会うことは叶わない人たちと、その違いは何だろうか、と。音信不通になってしまってもどこかで生きていれば、いつか会えるかもしれない、そんな希望が心を救うのだろうか。

いや、違うのだ。間違ってはいけない、一番の悲しみは亡くしたこちら側の悲しみではなく、亡くなったその人自身の悲しみであるはずだ。生きていればその人は幸せであろうとなかろうと、その人の人生を歩むことが出来る。そのことに私は救われもし、諦めも出来るのだ。亡くなったしまった人の時はもう止まったままだ。その人の刻めなかった未来、その人に伝えられなかった思い、それが私を絶望させるのだ。

盛夏。焼け付くような太陽、その反対側に出来る暗い影。生と死の距離が一番近くなる季節。その手触りに私はただ立ち尽くす。

2013年8月11日(日)


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空の本

空の本を持っている。手近にあるものを集めてみるとこんな本があった。
『空の名前』 高橋健司 光琳社出版
『月と暮らす。』 藤井旭 誠文堂新光社
『CUBE-BOOK THE SKY』 WHITE STAR PUBLISHERS
『写真ノ中ノ空』詩:谷川俊太郎 写真:荒木経惟 アートン

このブログのタイトルは「空があります」だし、自分の作品のモチーフにも空がよく出てくると思う。その参考図書とでも言うのだろうか。空の本は目に付くとつい手に取ってしまう。
『空の名前』は雲の名前や空にまつわる言葉、気候などが写真とともに解説されている、空の辞書的な本だ。『月と暮らす。』はその月バージョンだろうか。月齢ごとの月の写真とそれにまつわる天文学的なこと、風習や文学作品などが網羅されている。おぼろげに知っていたことの再確認に、そして新しい知識を得るのに非常に役に立つ。しかし、実際これらの本が詩作の発想に元となることも、詩作の参考に本をめくることも、ない。たまに思い立ってページめくり、そして何も考えない。たぶん全ページを読んですらいないと思う。でも、本屋で見かけたら絶対買わずにはいられない。何らかの理由でこの本が手許からなくなるようなことがあれば、再度同じ本を買いに行くだろう。読まなくても傍に置いておきたい、存在が力になる、そんな本なのかもしれない。

『CUBE-BOOK THE SKY』はCUBEという名の通り版型が正方形で厚さが5センチ以上ある箱みたいな本だ。全736ページ。目次を除けば全ページ空の写真と、洋書なので簡単なキャプションが英語で付けてある、それだけの本だ。何十名もの写真家の作品を「THE SKY」という切り口で集めたものだろう。私の感覚では叙情的でないドライな写真ばかりのように感じる。これは本棚ではなくいつも目に付く棚の上に置いてある。空の見えない部屋で空を忘れないように、そんな気分でそこに置いたのかもしれない。たまに手に取って、パラパラ漫画みたいにページをめくってみる。これでもか、という物量にすぐにおなかいっぱいになる。もう一度同じ棚に戻しておく。

『写真ノ中ノ空』はありきたりではあるけれど、一番好きな詩人と一番好きな写真家のコラボ作品だ。見つけたら、即買い決定だろう。が、好きであるだけに、言いたいことも色々ある。この本については、また機会があれば何か書くことにしよう。

こうして書いてみて気付いたが、空の本のコレクションに、星の本がない。今度、星の本を買いに行こう。本棚に空の本が増える、そう考えるだけで、既に少し嬉しい。
8月には星の詩を書く予定だったのだ。星の本はパラパラとめくるだけで、読まずに星の詩を書こう。空の本はたぶん、そこにあるだけでいい。

2013年7月31日(水)


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始めます

2013年7月28日(日)

このブログ、当初は詩の作品のみを掲載してスタート、その後朗読を始め、オープンマイクやライブなどについても書いてきた。というか、それしか書いていない。当初から創作に関連したこと以外をこのブログに書くつもりはなかったので、意図的にそうしてきた。
詩については、新作も続々と書いているのだが、今年に入ってからはライブの企画のため、詩集のためなどの作品が中心で、ブログには殆ど発表していない。特に意図的に作品を掲載していないわけはないので、これからも詩や朗読、ライブ映像などは、載せられるものをセレクトして発表していくつもりである。しかし、どうしてもライブ関連の告知やレポートなどに内容が偏りがちであることは否めず、ここでひとつ新しいことを始めようと思う。

具体的には、詩ではない創作として、エッセイをこのブログで書いていこうと思う。実はエッセイについてはブログ開設当時から構想があった。PCで見てる方は左サイド、スマホで見てる方は下の方に、このブログ紹介が出ているのだが、そこに「詩を中心とした創作を掲載します。」と書いている。はっきりと明示しなかったのだが「詩を中心とした」というのは、詩だけでなくエッセイを書くつもりで書いたものだ。ブログ開始からだいぶ時間が経ってしまったが、ここで当初の予定通りエッセイをスタートさせようと思う。掲載は不定期、内容はまずは詩の創作関連のことなどを書くつもりだ。

PCの方は左サイドの下の方、スマホの方は記事の上部にある「カテゴリ」というところに「エッセイ」の項目を作るので、そこをクリックしていただければ、エッセイのみがセレクトされる。因みに「カテゴリ」から「詩」を選択いただければ、詩のみを読むことが出来る。ライブ告知やライブレポートは「メッセージ」のカテゴリである。

ということで、
この夏、エッセイ始めます。


*「メッセージ」カテゴリは詩(創作)ではなく、読者の方へのご挨拶やメッセージです。

太陽と石ころ(ライブ映像)

2013年5月21日(火)
アップすると言いつつお待たせしました。初のライブ映像のアップです。2013年4月3日、吉祥寺曼荼羅のものです。
朗読とともにギターで川端達也くんが入ってくれています。これは私の詩にギターの伴奏をつけてもらったものではなく、作品を作るスタート時点から一緒にやってもらったものです。詩と曲、朗読と演奏がお互いに影響しあう形で作った自分自身でも初の作品です。
編集の為に何度も映像を見ていると、反省点が多々生まれてはくるものの、この時点で自分に出来る全てを乗せられたのでは、とも思うのです。ご覧いただけたら嬉しいです。
私の技術力のなさから・・・映像をご覧いただける形にするまで時間がかかってしまいました。他にも映像の素材があるので、もう何点かライブ映像をアップしたいと思っています。「youtube」というタグを作ったので、左サイドのメニューの「タグ」から「youtube」をクリックすると既にアップしている朗読作品がご覧いただけます。良かったらクリックしてみたください!

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Blue Rose

この世の果てのその先の
名もなき泉のそのほとり
夢の世界で咲くと言う花 青い花

あまたの王が
褒美の財宝積み上げて
思いを馳せる花 青い花
この世のものとも思えぬ芳(かぐわ)しき
幻の花はBlue Rose

眠れる森のその奥の
道なき道のその先に
人知れずに咲くと言う花 青い花

幾多の勇者が
剣(つるぎ)をかざし馬を駆り
探し求める花 青い花

手にした者は願いがかなうと言う
奇跡の花はBlue Rose

金銀財宝ばら撒いて
豪奢の限りを尽くすのか
甘美な夢に酔い痴れて
快楽の海に溺れるか
果てなき欲を追い求め
夢見る花はBlue Rose

迷いの森のその奥の
奈落の底のその先に
ひとり咲いている花 青い花

幾百幾年
時の狭間に忘られて
憂いを帯びた花 青い花
かなわぬ想いを秘めて咲く
孤独の花はBlue Rose

愛する者の手に摘まれ
最期を待つ花Blue Rose


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日常 - いつもと同じ日

駅を降りれば南口
馴染みの店への慣れた道

躍る心にスキップした日もあった
悔しさに泣いて帰った日もあった

だけど今日は
スキップも涙もいらない
真ん中くらいがちょうどいい
真ん中くらいが今の気分

訳も分からず歩いた道も
こうして今に繋がっている

一歩一歩また一歩
今日も歩いて
時には戻って
たまには怠けて
わたしの足跡が刻まれる

店を過ぎれば公園へ
少し早いから回り道

舞い散る花びらまとった日もあった
水に映る紅葉に見とれた日もあった

だけど今は
花も紅葉もない季節
何にもないのがちょうどいい
何にもないのが今の気分

心の中で吹く口笛は
薄水色の空に溶けていく

手を繋いだり離したり
誰かに出会い
時にはすれ違って
いつかは別れて
わたしの歴史が重なっていく

風が冷たくなってきた
駅へと戻る帰り道

何かを強く恨んだ日もあった
自分が消えてしまいたい日もあった

だけど毎日は
同じことの繰り返し
何でもない日がちょうどいい
何でもない日が今の気分

人込みの中、紛れても
わたしはわたし、今日は今日
こんにちは、さようなら

どこにいたって
誰といたって
続いていくよ
わたしの道が続いていく

駅を降りれば南口
馴染みの店への慣れた道

躍る心にスキップした日もあった
悔しさに泣いて帰った日もあった

だけど今日は
スキップも涙もいらない
真ん中くらいがちょうどいい
真ん中くらいが今の気分


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